札幌へ
2014年6月9日(月)
北海道のジャズ喫茶巡りを夫婦でやってみようと思ったのは、ジェットスター(LLC)の運賃があまりに安かったからだ。
名古屋から札幌までが1人片道5, 000円程度なら、どのような旅であれ、まず損をすることはない。
取材すべき店をリストアップしてみると19軒。これを9日間で回るという計画を立てた。
多少は忙しいところもあるが、なんとかやれるだろう。事前に電話で各店に取材を申し入れ、ホテルを予約し、中部国際空港から飛び立った。
- 11:55 中部国際空港 ジェットスター HD127便
- 13:04 新千歳空港
新千歳に降りるのは20数年ぶりだった。フリーランスでライターをやっていたころ、ある企業の紹介記事のために札幌支社を取材した。北海道を訪れるのはそのときが初めてだった。
東京本社の人も立ち会う予定だったが、その人は私よりもひとつ遅い便で羽田を出たのが禍いして、雪のために帯広空港に降ろされた。帯広から札幌まで電車で移動しても予定の時間には間に合わないので、取材は私が独りで行なった。
取材後、札幌支社の総務の人が大通り公園と時計台まで連れていってくれ、一緒にすすきののラーメン横丁で味噌ラーメンを食べて東京に帰った。日帰りの慌ただしい旅だった。
記憶に残ったのは新千歳空港から札幌市内に向かうタクシーの運転手の「ラーメン横丁とはいってもそんなに美味しくはないですよ」という言葉と、かなりの雪にもかかわらず、そのタクシーをはじめ、高速道路を走るそれぞれのクルマが時速100キロを超える猛烈なスピードで果敢に突っ走っていることだった。
家人と新千歳空港内で蕎麦を食べたあと、地下鉄ですすきのまで移動し、ホテルに向かう。
2人で1部屋1万円程度のビジネスホテルなので、すすきのの中心部からはやや遠い。チェックインしてみると予想していたよりも少しだけ広かった。ちょっと休憩してから、最初の取材店「BAR 81」へ。
15:30 BAR31
ホテルから通りに出て、街の様子を眺めながら店へ向かうが、まだ陽の高い時間なので、ネオンは消され、夜の盛り場の面影はなく、通り全体が化粧を落としたすっぴんのような姿だ。
5分ぐらい歩いたところで地味な雑居ビルの案内看板に店の名前を見つけた。
扉をあけると、カウンターだけのバーがあった。
照明はすでに営業中と同じライティングだった。店内はきれいに掃き清められたようにすっきりとしている。
マスターの平井さんは私より少し年上ぐらいだろうか。ヴィンテージアンプとターンテーブル、そしてアルテックのスピーカーから飛び出す音は、ジャズバーというよりも住年のジャズ喫茶のようだ。
北海道最初の取材はスムーズに終わり、次の店「ジェリコ」へ。同じすすきのエリアにあり、BAR81からは歩いて5分かかるかどうか。
18:00 ジェリコ
雑居ビルの地下へ降りていくと、楽器を持った大学生らしき若者たちが数人いて、すぐにそこが店だとわかった。
そのうちの1人に尋ねるとマスターはいま近所に買い物にでかけているのだという。
まもなく、学生のようなカジュアルな出で立ちのマスター、渋谷さんがビニールの買い物袋を両手に下げてやってきた。挨拶をして店内に入れてもらう。
若者たちはこの夜、「ジェリコ」でライブをやる札幌市内の大学生たちだった。
リーダーは札幌商科大生で、ほか北大、札幌医大、道工大など。学生たちがリハをやっている横で渋谷さんに話をうかがう。
渋谷さんはもう60歳を越えているが、いまでも学生たちに朝まで付き合うことも少なくないという。店の隅で寝転んで学生たちの好きにまかせているときもあるとか。
インタビューのあと、学生たちの演奏風景を撮ろうとしたが、奥で弾いているピアノの女の子の姿が見える瞬間が少なくて、ちょっと時間がかかってしまった。
いったんホテルに戻る。それから札幌に来る前から気になっていた「カリー乃五◯堂」で夕食をとることに。
20:30 カリー乃五◯堂
歩いて5分ぐらいのはずだったのが、なかなか行きつけなかった。
どうしても店の前の通りに出ることができず、ちょっと困ったなぁと思いはじめたときに、通りがかった若い男性2人組にたずねてみると「知ってますよ、ちょうど帰り道なので店の前までお連れします」と言ってくれて助かった。
彼らと一緒に歩きながら「この店、美味しいんだって?」ときくと「ええ、美味しいですよー」との返事。1分もたたずに店の看板が見えてきた。
あとでわかったのだが、すすきのの繁華街から歩くとちょっと道順が複雑だが、いったん「石山通り」に出て、「菊水旭山公園通り」の交差点を中島公園駅方向に曲がり、1本目の道を左に入るとすぐに店の前に出ることができる。
五◯堂は、コンクリートと木材をうまく組み合わせた強度の高そうな立派な造りで、和のテイストを現代的なセンスでまとめた空間だった。
店のあちらこちらにディスプレイされたレコードジャケットや、カウンター奥に設置されたアルテックの「コロナ」が音楽好きの気分を盛上げてくれる。
海鮮スープカレーを食べ終わるころにはこの空間がすっかり気に入ってしまい、店主の五十嵐さんに挨拶をさせていただいた。
初対面だったがすでにツィッターでやりとりをしていたので、アカウント名を名乗ると、すぐに笑顔を見せてくれた。
営業が終了する23時ごろから取材をさせていただくということで話がまとまり、いったんホテルに帰り、撮影機材を持って改めてうかがうことになった。
2014年6月10日(火)
午前7時に起床。ホテルの部屋で朝食をとった後、本日の1軒目、「ミツヤカフェ」へ。
今日はぜんぶで5軒の取材をこなさなくてはいけない。
09:00 ミツヤカフェ
地下鉄東豊線の「北海学園」駅前から歩いて10分。このあたりは北海学園大学、北海学園高校、北海商科大、公立小中学校など、学校施設の多い、静かな文教地区だ。
「ミツヤカフェ」の玄関入り口はふつうの民家という感じだが、中に入ると襖などの仕切りを取り払ってぶち抜いた解放的な空間が広がっている。
この店の開店時間は朝9時と、ジャズ喫茶の中ではかなり早い。
介護犬を連れた初老の男性と付き添いの女性が入ってきた。
マスターから「社長」と呼ばれるこの男性は、ほとんど毎朝、ここにやってきてカウンターに座り、介護犬を傍らにしばし世間話を交わすのが日課なのだそう。
奥様に少し早い時間だがランチをいただいた。フォッカッチャの生地が美味しい。ランチには近所の学校の教員や職員が集まってくるのもうなずける。
ゆっくりと味わいたかったが、次の取材に間に合わなくなるので予定時間ぎりぎりに店を出た。
※ミツヤカフェは2020年2月に閉店しました。
12:15 BOSSA
約束の時間に15分ほど遅れてしまった。
店の男性に取材だと伝えるとマスターは不在だった。予定の12時には店にいたのだがわれわれが来ないので外出したという。忙しい人なのでもう時間は取れないとのこと。
まずはお詫びをして、そこをなんとかお話をうかがえないかと頼んでみた。店の男性が電話で連絡をとってくれた。14時15分ごろなら時間が取れるという。まずは先にいま店内を撮影させていただき、それが終わったらいったん店を出て、また2時15分に取材にきますということで話がまとまった。
マスターの高橋さんは北海道のジャズシーンではよく知られた存在だ。
お忙しいのであまり長い時間のインタビューはむずかしいかと思っていたのだが、昔話をしているうちにだんだん興が乗ってきたのか、店にやってきたジャズメンのエピソードなど、楽しい話を時間いっぱいまでしてくれた。
15:00 ジャマイカ
ボッサからジャマイカまでは歩いて2,3分。札幌を代表するこのジャズ喫茶2軒はとても近いので、ジャズ喫茶巡礼者ならハシゴをするのが必須のコースだ。
雑居ビル4階のドアに大きくあしらわれたJAMAICAのロゴを見ただけで気持ちがたかぶる。
店内は予想していたよりもずっと細長く、カウンターを中心としたバーという設計。
内装も喫茶店というよりもオーセンティックなバーという感じ。しかし、ジャズをBGM程度に軽く鳴らしてお茶を濁しているわけではなかった。
パラゴンの量感あるサウンドが店内に響きわたる。
パラゴンにかんしては、広々とした空間でないとそのポテンシャルが十分に発揮できないという説をよくみかけるが、必ずしもそうではないということをこの店が証明しているといっていいだろう。
ママさんが選ぶレコードもいい。さすがというほかはない。
17:00 ロンド
すすきのから電車で20分ほどの琴似は札幌のベッドタウンのような存在で、観光資源があるわけではない。
琴似駅構内の地下道を通って、いったん地上に出て、目の前の雑居ビルの地下1階に降りたところに「ロンド」がある。
ここはたぶん札幌でいちばん古いジャズ喫茶だ。
赤レンガの外壁横のドアをあけると、70年代のジャズ喫茶の雰囲気がいまだにそのまま残っていて、初めてなのにどこか懐かしさを覚える空間がある。
温和で物静かなマスター、鎌田さんのさりげない応対が心地いい。近所にこんな店があればいいなぁと思わずにはいられない。
21:00 エンジェルアイズ2
琴似からすすきのに戻り、地下鉄東西線に乗り継いで「バスセンター」駅で降りる。
すすきのからはひとつ次の駅なのに、すすきののような賑やかさはまったくない。オフィスが多く、夜が早いのだ。ここで夕食をと考えていたのだが、アテが外れて飲食店がなかなか見つからない。
しばらく歩いてようやく中華料理店を見つけ、家人と遅い食事をとる。
夕食後、「バスセンター」駅の出口あたりに戻ってくると、どこかからジャズの音が聴こえてくる。
「エンジェルアイズ2」から流れてきているのだと察したが、こんなところまで漏れてしまっていいのだろうか。その音を頼りに歩いていたら、ほどなく道端に立てられた店の看板を見つけた。
店舗としてのデコレーションがまったくされていない事務所のような入り口のガラス扉を押して入ると、大音量が飛び込んできた。
すごい音圧だ。
中年男性が近づいてきたので用件を伝えると、奥からオーナーの武田さんが出てきた。デザイン関連の会社を経営している武田さんは、広くいえば私と同業者ということもあってか、とてもフランクに応対していただき、いろいろなことをうかがうことができた。
リッピングしてPCに入れた音源を流しているジャズ喫茶は初めてだった。
さきほどの中年男性ともう1人の中年男性が奥に座って漫画を読んでいる。ふたりともタバコを勢いよく吹かせているので、あたりに煙りと匂いが充満している。何やら学生サークルの部室のような雰囲気だ。
大音量再生が命という武田さんご自慢のシステムを午前0時近くまでたっぷり楽しませていただいた。
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