午前6時30分。日本最北のジャズ喫茶にて往時をしのぶ
日本最北端のジャズ喫茶「トモエ」。ここはいちばん北にあるというだけではなく、おそらく日本でいちばん開業時間の早いジャズ喫茶ではないだろうか。
店が開くのは午前6時30分。常連客の多くが朝の早い漁業関係者のためだ。
「ジャズを聴きにくるお客さんはいないですね。ニュースを聴きながら新聞を読む人ばかりです(笑)」と店主の柴田純子さん。
稚内は戦後、ソ連軍の動きを監視するレーダーを備えた米軍ノシャップ基地のおかげで栄えた。1972年の基地撤収まで米軍と地元住民とは終始友好的な関係にあったという。
「トモエ」の創業時のことは明らかではないが、おそらく米兵家族の入居が始まり、基地内に「アメリカ村」と呼ばれる小さな商店街ができはじめた1960年代半ばに米兵や米軍関係者を相手に営業を始めたようだ。米兵たちがこの地にジャズをもたらしたおかげで、稚内は一時期、ジャズが盛んな町だった。
店の名前は当初は「トモエ」とカタカナ表記だったが、1970年頃に経営を引き継いだ柴田さんの義父、谷口助一さんが「ともえ」とひらがなに替えて、本格的なジャズ喫茶を始めた。谷口さんは稚内では有数のジャズレコードのコレクターだった。しかし78年に谷口さんが死去し、柴田さんがその後を継いだ。
1992年に1ブロックほど北の現在地に移転したが、このときにレコードコレクションのほとんどを失う。「テープに録音するから貸してほしいという義父の友人にすべて預けていたのですが、その方が亡くなり、行方がわからなくなってしまって…」
柴田さん夫婦が経営していた80年代、「トモエ」は大音量でレコードをかける店だった。その頃は稚内の他のジャズ喫茶やジャズファンと協力して大きな会場を借りてジャズコンサートを行なったこともあったという。
しかしいまの場所に移ってからは、CDに替わり、音量も近所への遠慮からはごくひかえめになった。「でもレコードで聴くジャズが好きですね。迫力が違いますから」と柴田さん。
以前は店の入り口の上にソニー・ロリンズの「サキソフォンコロッサス」のジャケットをイラストに描き起こし、「ジャズ喫茶」と明記した看板を掲げていたが、2年前にそれを塗り替えて店名だけが描かれたものにした。
「いまはジャズはBGMで流しているだけの普通の喫茶店ですから。もちろん昔の音を思い出すことはありますけどね」
柴田さんには2人の子供がいるが、どちらもジャズとは縁がないそうだ。店の名前はいつのまにか、米軍基地時代のカタカナ表記「トモエ」に戻っていた。(了)
トモエ
- 店主:柴田純子
- 住所:北海道稚内市中央1-40-3
- アクセス:JR稚内駅から5分
- TEL: 0162-22-3975 (HP:なし/SNS:なし)
- 営業時間: 月〜土 6:30〜17:00、日6:30〜12:00(休:日曜午後)
- 席数: 22席(喫煙可)
- メニュー:コーヒー400円〜
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