東京・中野/新井薬師 ロンパーチッチ

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東京・中野「ロンパーチッチ」ジャズ喫茶案内

プロに徹する。

「狙いすぎない」という気持ちでスタートした店だが、2人の生活費はすべてこの店の収益にかかっているため、集客のために思いつくことはすべてやった。

オープンのときには店のチラシを5,000 枚も作った。近所の店やディスクユニオンなど、顔馴染みの店にはできる限り置いてもらった。さすがに多すぎたので店の前で配ったこともある。開業20日後の大晦日にはオールナイト営業も行い、チラシにカイロをつけて近所の梅照院に並ぶ初詣客に配った。

あれこれとやってみて、宣伝のためにいまもなお続けているのは、SNS(ツィッター、インスタグラム、フェイスブック)だ。

最初に力を入れたのはSNS よりもブログで、はじめは1カ月に数回程度の更新だったが、3カ月目からは毎日更新するようになった。閉店後の深夜、どんなにくたびれていても夫婦交代で必ず何かを書いた。

その後ブログは昨年に中断してSNS のみに集中することにした。ツィッターではいまも毎日欠かさず午前の開店挨拶と午後の閉店告知を行なっている。また毎晩閉店後には、インスタグラムに店の所蔵レコードについての投稿を続けている。

いま、全国には560軒を超えるジャズ喫茶やジャズバーがあるが、SNS のアカウントを持っている店は、その1割もない。また「ロンパーチッチ」のように毎日何かを投稿している店は10軒あるかどうかだ。

かつてはジャズ喫茶の宣伝といえば、まずは『スイングジャーナル』などのジャズ専門誌への広告掲載だった。しかし、ジャズ専門誌の部数が激減している今、広告を掲載してさえいればジャズファンが来るという時代は完全に終わってしまった。

ホームページやフェイスブックぺージを開設している店はそこそこあるが、しかし、広大なネットの海にただ設置しても、それを読みに来てくれる人は知人や顔見知り、常連客がほとんどで、新規の客を獲得できる確率は非常に小さい。

客がめっきり少なくなってしまったという認識はほとんどのジャズ喫茶店主が持ってはいるものの、かといって、集客のための積極的なプロモーションは何もしていないのが現状だろう。

「ロンパーチッチ」については、このSNSを使ったプロモーションが有効に機能しているように見える。

筆者がこの店の存在を知ったのはツィッターで常連客に教えてもらったことからだった。それまでは店のブログには気づかなかった。雑誌などのメディアの取材も、その多くはSNSで編集者やライターがこの店の情報を得たのがきっかけだろう。

SNSにどれほどの効果があるのか、厳密にはわからない。しかしそれでも、運営や更新に費用はかからない。プライベートな時間を削ればなんとかやれる。そうやって毎日、人々の関心をコツコツと牛のよだれのようにためつづけてきた成果が、いまの「ロンパーチッチ」の集客にあらわれているのだろう。

店での客とのジャズ談義は苦手という齊藤夫婦だが、SNSでは毎日、客の一人ひとりに話しかけるように新たに購入したレコードやレコードリストについてのトピックス、店の近況報告などを行なっている。

SNS を自らの意見や趣味、プライベートな事柄を気ままに開陳する場と考えているジャズ喫茶店主は少なくないし、店とは全く関連のないことが書かれていることも多いが、齊藤夫婦の投稿は、いっけん私的なエッセイのように見えることもあるが、あくまでも「業務」であり、そこに「遊び」の要素はない。そして「客とは無関係な自分語りはしない」という姿勢が貫かれている。

店の収益が生活のすべてなのだから、趣味と業務を混同しないという点では徹底しているのだ。

味に手を抜かない。

「ロンパーチッチ」の客層を広げ、また集客の大きな武器となっているのが料理だ。いまやジャズ喫茶にもプロフェッショナルな味が求められる時代になっていることを十分に認識したうえでの戦略だ。

メニューは、ひよこ豆とひき肉のドライカレー、ペンネ各種(アラビアータ、トマトクリーム、チーズクリーム)がメイン、あとはクロックムッシュ、スイーツ(ガトーショコラ、チーズケーキ)、バニラアイスと種類は限定されている。しかし、この定番メニューのリピーターが多く、なかでもドライカレーは売り切れになることもしばしばだ。

これらのメニューは晶子さんが考案したものだが、外志雄さんのマニアックなレコード選盤と彼女のハイレベルな料理が両輪となって「ロンパーチッチ」は回転している。

料理ももちろんだが、客がリピートを繰り返す秘密の一つとしてコーヒーの味を忘れてはいけない。コアなジャズファンでなくても、「あのコーヒーをもう一度飲みたい」という理由でジャズ喫茶にやってくる客も少なくない。

「ロンパーチッチ」では創業以来、コーヒー豆は蒲田(以前は南青山)の「マメーズ焙煎工房」から仕入れている。ここはコーヒー豆全体の生産量のトップ10パーセントといわれる「スペシャルティコーヒー」を専門に取り扱っているところだ。

ずっとコロンビア産の「アピア・スプレモ・エスペシャル」を使い続けてきたが、昨年、それが「基準に満たないものになった」という理由で入荷されなくなり、同じコロンビア産だがややグレードが高く、より洗練された風味の「ロスアルペス」という農園のものに切り替わった。

また、アイスコーヒー用の豆は、ご近所の「江古田珈琲焙煎所」から仕入れている。ここは店主が「ロンパーチッチ」創業当初からの付き合いだという。

今から56年前、新宿「DIG」が開店したとき、新感覚のジャズ鑑賞店としてブレイクした理由として、コーヒーの味も重要な役割を果たした。

コーヒーは、中学の同級生の山際君が浅草のコーヒー問屋に勤めていると知っていたので、連絡をとって喫茶店を始めるのでということで頼み込みました。「一番いいコーヒーを並の価格で入れてね」と。ジャズ喫茶のコーヒーはまずいのが定評なので自分で喫茶店を始めたぐらいですから。AからEまで、五段階ぐらい豆のランクがあるんですが、AでもEでも値段にしたらそんなに変わらないんですよ。一杯に換算したら数円程度で。それでコーヒーや紅茶は一番いいのにして。》

『新宿DIG DUG物語』中平穂積読本 高平哲郎編(発行東京キララ社  / 発売三一書房)より抜粋

中平オーナーが語るように、「ジャズ喫茶のコーヒーは不味い」というのは今でも定評だが、そのいっぽうで、昔よりもずいぶん味のグレードの高いジャズ喫茶も珍しくはなくなっている。そして「ロンパーチッチ」の集客にも、コーヒーの味が貢献しているようだ。

夫婦で力を合わせる。

かつては、従業員を雇って店を切り盛りしているジャズ喫茶が大半だったが、今は人件費削減のために夫婦のみという店が多くなった。そして好調な店は、必ずといっていいほど、夫婦が互いをうまく補完し合っている。

「ロンパーチッチ」も同様であり、そして、この店がジャズ喫茶らしい居心地のよさを醸し出していることには、晶子さんの存在が大きい。

かつて吉祥寺に「A&F」という、ジャズ喫茶ファンなら知らぬ者のいない名店があった。創業は1973年の11月。店名の「A」はアート、「F」はフレンドからとったものだ。

この店は野口伊織店主の「ファンキー」や「アウトバック」、寺島靖国店主の「メグ」と並んで、70年代から80年代にかけて吉祥寺を「ジャズの街」と呼ばれるほどに盛り立て、一つの時代を築いた。

筆者は1979年から1990年まで吉祥寺に住んでいたが、JBL4520とアルテックA7の2つのシステムを鳴らし分けるこの店の音作りの良さと心おきなくレコード鑑賞に没入できる落ち着いた空間にひかれてよく通った。

店主の大西米寛氏は、寺島氏や野口氏と同様にスイングジャーナル編集部時代の中山康樹に文筆面での才能を引き出され、軽妙な語り口でジャズファンの全国的な人気を得た。中山、大西、寺島、野口4人の共著『吉祥寺JAZZ物語』(日本テレビ出版/1993年)では、ジャズ喫茶がひしめいていた往時の吉祥寺で、互いに対抗意識を抱きながら切磋琢磨していたジャズ喫茶マスターたちの様子をうかがい知ることできる。

その「A&F」が2002年2月に閉店するまでの半年間、最後のアルバイトスタッフの一人として働いていたのが晶子さんだった。

「店の入り口には『当店はジャズ鑑賞店です。ジャズファン以外の方はご遠慮願います』とか『私語厳禁』と貼り紙のある超硬派店だったんですけど、まぁテストされるわけでもないだろうとおっかなびっくりで入ってみたら、心身でジャズに浸れる気持ちよさにハマりました。何度か行くうちに、いつも店のスタンド看板の上に『女性アルバイト募集』という小さな看板がくっついているのが気になって、コーヒー代がかからずにあの空間で居られるのはオイシイと思って雇っていただきました。

「アルバイトで入ってみると、それまで気がつかなかった細やかな気配りがたくさんありました。例えば、カップを洗う際にはうるさくならないようにと、蛇口から少しずつしか水が出ないように調整してあったり、ポットを置く角度が決まっていたり。印象的だったのは、『知り合いが来てもしゃべらない』という決まりごとでした。他の客がちょっと嫌な気持ちになるからという理由だったと記憶しています。納得する人としない人がいると思いますけど、私はとても納得しました。

「あの店の心地よさは、思い切りのいい大音量にあるだけでなく、こういう見えない細やかな心づかいにあったんだなあと、そのときから今まで思い続けています。具体的な決まりごとの違いはあれど、敷居の低いまま、あの心地よさを実現できるよう、これからも心を砕いていくつもりです。たまに玉砕しますけど(笑)」(晶子さん)

「当店はジャズ鑑賞店です」

かつて「A&F」が世間に向けて発信したこのメッセージは、おそらく「ロンパーチッチ」のメッセージでもあるのだろう。しかし今や、ジャズ鑑賞が目的ではない客のほうが多いかもしれない。ときには、店ではレコードをかけているにもかかわらず、イヤホンを耳に入れて持参のPCやスマートフォンの音源を聴いている猛者もいるという。

いくら日常性の延長を求めているとはいえ、ここまで自分の家で過ごしているかのようにくつろがれてしまうと、さすがに店の人間としては「心が折れる」と齊藤さん夫婦はいう。そういう客には、たとえリピーターであっても、心を鬼にして注意する。

ふつうなら一度叱られた客は2度と来店しないものだが、「ロンパーチッチ」では若い客に関しては再びやって来ることが多いという。注意されて初めて《ジャズ喫茶》がどういうものであるかを悟ったということなのだろう。

やるなら命を削る。

「ジャズ喫茶をやるなら命を削ってください」

外志雄さんはかつて、「いーぐる」のジャズ喫茶シンポジウムでそう語ったことがある。

大見得を切ったように聞こえるかもしれないが、自分たちの生存をかけてレコードからオーディオ、フード、そしてプロモーションに至るまで、店にかかわるあらゆる要素に気をつかい、目を配らせている齊藤さん夫婦にとって、それはあたりまえのことを言ってみたにすぎない。

駅から遠い「ロンパーチッチ」に客がわざわざ足を運ぶにはそれなりの理由が、やはりあるのだ。(了)

photo & text by 楠瀬克昌

記事の写真はすべて2014年1月に撮影されたもので店内、店外の一部に現在とは異なる点があります。

東京・中野「ロンパーチッチ」ジャズ喫茶案内

rompercicci /ロンパーチッチ

  • 店主:齊藤外志雄/創業年:2011年12月10日
  • 住所:東京都中野区新井1-30-6 第一三富ビル1F
  • TEL:03-6454-0283
  • アクセス:JR「中野」駅から徒歩12分、西武新宿線「新井薬師前」駅から徒歩8分
  • HP:あり/SNS:TwitterInstagramFacebook
  • 営業時間:火〜日 11:00-23:00  ※ランチタイム11:00〜14:00 (休:月曜)
  • ディスク数:レコード約2,000枚
  • 喫煙の有無:全席完全禁煙
  • ドリンクメニュー:コーヒー(hot・ice)540円、カフェオレ(hot・ice)540円、各種ソフトドリンク540円、各種ビール540円〜972円、各種ウィスキー540円〜、各種グラスワイン 540円、ワインカラフェS(250ml)1,080円、ワインカラフェM(500ml)1,944円、ワインボトル2,700円、各種カクテル648円〜756円
  • フードメニュー(ミニサラダ付き、ドリンクとセットで108円引き):ひよこ豆とひき肉のドライカレー648円、Lサイズ864円、ペンネアラビアータ他各種ペンネ648円、Lサイズ864円、クロックムッシュ648円、1/2サイズ432円、各種スイーツ432円(ドリンクとセットで108円引き) 各種メニューの詳細はHPで
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