店主のキャラクターで客とジャズを繋いでいく
司会 「いーぐる」は、ずっとジャズシーンの先端というか、先鋭的な部分を担っていらっしゃると思うんですが、「DUG」の場合は、それとはまた別のジャズファン層、おそらく、後藤さんが監修されている小学館のCD付マガジンを買っている層と「DUG」のお客さんは近いのではないかと思うんですね。そのへんで、最近、お客さんにかんして変化はみられますか?
中平 まずレコードなんですけど、さっきも申し上げましたように、ウチはいまはCDだけになってしまったんですが、ディアゴスティーニが『隔週刊ジャズLPレコードコレクション 』というアナログレコード付きマガジンのジャズの特集をいまやっていて、第1号がマイルス・デイヴィスの「カインド・オブ・ブルー」でしたよね。それを買ってきてウチの店でうれしそうに眺めているお客さんがいるんですよね。
あのシリーズは私の父も写真を提供している関係で毎号送ってもらってるんですけど、これを集めだしたら、それがきっかけで、それまでレコード屋さんに行ったことがなかった人が行ってみようかということって、けっこうあるんじゃないかと思うんですね。
柳樂 僕は国分寺にあるレコード屋にいたんですけど、「買い取りします」みたいな看板を出してると、それを中学生とか高校生の娘が見て、家の押し入れとかにレコードがあるから、それを売ったら金になるんじゃないかとか思って(場内笑)、お父さんとかお母さんに「あれ売ってなんか食おうぜ」みたいな、そういう感じで店に持ってくるんですね。
娘さんは金に変わると期待して、けっこうワクワクして来てるんだけど、親御さんは、「こんなもの金になるわけない、そもそもレコード屋なんかまだあるんだ」みたいな、そういう感じなんです。だから若い人よりも、昔はレコード聴いていたんだけど、カセットになって、CDになって、だんだんレコードがなくなっていって、その間にDJカルチャーはあったんだけどそういうものにも触れてないという世代の方が、もう一度、セカンド・ヴァージン的な感じでレコードに対して新鮮な気持ちになれるんじゃないですか。
中平 後藤さんがさっきおっしゃったように、やっぱりジャズを最近聴く人が多い、盛り返してきていると私も感じます。時代は繰り返すということでしょうか?
後藤 そうだと思いますよ。それもあるけれども、やっぱりあきらかにジャズシーンが活性化しているというかね、そして、「ジャズ」という音楽の概念自体が変革してますよね。いま変化している最中だから、それを具体的な言葉で説明するのはたいへんむずかしいし、それは柳樂さんのお仕事だと思うんだけど。
やっぱり僕が聴いてても、さっきはちょっとネガティブな言い方をしたけど、90年代半ばから2000年代半ばまでは、技術的には非常にレベルが高いけどテイストが稀薄だとか、そういうジャズが多かったんですけど、いまは非常に味も濃くて個性的、そして当然テクニックもあって、ジャズの概念自体が刷新されつつあるという、そういうところにいるような気がしますよね。だから僕はいまは、ものすごく面白い時期に来ていると思います。
司会 私などが聴いていても面白くてしょうがないんですけど、なかなかそっちにハンドルを切っていいものかどうか、という難しさが……。
後藤 いや、それは聴き手としては、それはぜんぜんOKなんじゃないかと。ただ僕らみたいに職業として(ジャズを)提供する場合には、やり方というのがあるわけですよね。それこそ北風と太陽じゃないけれども、一時期フリージャズがいいんだということで無理矢理フリージャズを聴かせて、「さあどうだ」っていって、お客さんがいなくなってつぶれた店というのが山のようにあったんですけど、あれだってうまく聴かせれば、フリージャズもけっしてつまんないものじゃないですから、お客さんもついてきたと思うんですよね。やっぱりやりかただと思うんですよ。
司会 かつて、前衛的なものを「ニュージャズ」という言葉で売ろうとした時代があったそうですね。
後藤 まあ、率直にいってね、60年代の「ニュージャズ」ってのは、ほんとに玉石混淆で、ほんとにクズみたいなものが多いんですよ(笑)。だいたい10枚のうち8枚ぐらいはろくでもないもので、ただやっぱりそのなかに1枚とか2枚は宝がある。それをいかにセレクトするか。僕はね、それははっきりいってジャズ喫茶の使命だと思いますよ。
どんなミュージシャンでもね、クソみたいなアルバムはあるわけで、それを最初に聴かせられちゃうと、なんだこいつと思われてもしょうがないわけで。そのミュージシャンの最良の切り口を、いかに提供するかとういうことが僕はジャズ喫茶のオヤジに課せられた使命だと。
司会 話が変わりますが、柳樂さんとしては、「こういうジャズ喫茶があるといいな」というのはありますか?
柳樂 いや、ぼくは「ロンパーチッチ」が残ってくれれば。もうちょっと家から近かったらいいなと思います(笑)。ぼくの世代の実感でいうと、僕が大学生ぐらいのときにカフェ・ブームというのがあって、そのころはどこのカフェにいっても音楽にすごい凝ってたんですよ。で、それに紐づいてボサノヴァがはやったり、映画のサントラやA&M系のポップスがはやったり。軽音楽的なものがBGMとしてすごく有効に機能していた時期があったんですね。
でも、ある時期からカフェから音楽が消えたっていうか、わりとどこにいってもおんなじようなもの、たぶん「カフェ・ミュージック」みたいなイメージが完全に固定化して、どの店も似たようなものをかけるようになってしまったんですね。
最近はすごく音楽の好きな人がいい音楽を聴きながらコーヒーを飲むという場所が、意外と少なくなってしまったので、そういう場所としてジャズ喫茶的なものが残ってくれるとすごくいいなと思っていて、たとえば西荻窪の「JUHA(ユハ)」は、ジャズ喫茶なんだけど、(ジャズ以外の)なんらかの同じテイストのアコースティックな音楽もかかってたりもしますよね。
司会 「JUHA」はそれを「ロマンス・ミュージック」と。
柳樂 ああいう、店主のパーソナリティみたいなものがいいバランスで出ているお店が増えたら面白いなと思います。だって、「いーぐる」も、音響も素晴らしいし、選曲も素晴らしいけど、はっきりいって、後藤さんのキャラクターでしょう? 後藤さんとか(吉祥寺『メグ』の)寺島さんって、キャラで売ってるようなもんでしょう?(場内笑)
後藤 あんまりそういう自覚はないんですけどね(笑)。昔はね、寺島さんと僕は「プロレスチーム」って言われながら、〝やらせ〟で勝負させていただいてましたけど(場内笑)。やっぱり自分のことはあんまりわかんないですね。まあ、あなたがそういうのならそうかもしれないですな(笑)。
柳樂 いや、あの、こういうめんどくさいキャラクターが増えても困るけど(笑)、「ロンパーチッチ」の齊藤さんのような、面白いキャラクターが増えたらいいなと思うのと、あとは僕がジャズ喫茶や音楽をかけている店に求めてるというか、こういうのをやってくれてていいなと思うのは、(福地店主の)「茶会記」でたまにイベントやってたりするじゃないですか。昔のレコードコンサート的な、レクチャー的なもの。「いーぐる」でもやってますけど。
ジャズ喫茶のオーディオを使って聴くと、また違う感覚で聴けたりするので、たとえば「いーぐる」でやってるような、ジャズ喫茶のオーディオ環境でヒップホップを聴くとか、そういうのはたぶん若いリスナーにはすごく刺激のあるイベントだし、オーディオ的な意味でジャズ喫茶を再発見できたりもするだろうし、そういうことはやってくれたら僕としてはうれしいです。
後藤 ジャズ喫茶の役割というのは、そこでいろんな音楽に出会うということだと思うんですね。自宅でしかジャズを聴かないという人は、あたりまえなんだけど、自分の好きなものしか聴かないでしょう。好みでないものをわざわざ高いお金を出して買うような人はいませんから。それはぜんぜんかまわないんだけど、ジャズ喫茶に行くと、いやがおうでも知らないものがかかるわけで、これが僕はジャズ喫茶の役割だと思うんですね。
もしかしたらお客さんから反感買うかもしれないけど、僕は「ただのジャズファン」はぜんぜん信用してないんですよ。ものすごく耳が狭いですから。だけどもレコード店の店員さん、それからジャズ喫茶のレコード係を一度でもやった人間、そういう人のジャズ観は信用しますね。幅広く聴いてますから。なんといっても嫌いなものも聴きますから。
好きなものしか聴いてない人というのは、べつにそれが悪いということではないし、友だちとして付き合って面白く話していれば楽しいけど、そういう人の言ってるジャズ観というのはあんまり信用できないですよね。
信用できないとか言っちゃったら、怒られちゃうかもしれないけど、ファンとしてはぜんぜんそれでいいんだけど、プロとして仕事していくうえではファン意識は何の役にも立たないです。はっきりいって。
そういう意味でいうと、さっきの話につながるんだけど、むかしジャズ喫茶だけをやってたころはジャズの雑誌とかぜんぜん読まなかったですからね。あんなもんの評点、まったく信用していなかったですから。
それは、僕なんか業界の内部にいるから、書いてるヤツの能力、センスをすべて知ってるわけですよ。こんなヤツの言ってることが信用できるかってのがあるわけで、じゃあ誰のいうことが信用できるかっていうと、レコード屋さんなんですよね。ちゃんとお金もらって売ってるわけですから、やっぱりレコード屋さんの視点というのがいちばんシビアです。僕は自分でもジャズ評論みたいなことやってて、自分で首を絞めるようなところもあるんだけど、あんまり書いたものばっかり読んでてもダメみたいな。
それからちょっと話がそれるんだけど、さっきの「ロンパーチッチ」さんの話を聞いてて、あれは非常に正しい姿でね、僕らもジャズ喫茶を始めたばかりのころは、毎月新譜を20枚とか買うわけですけど、そのなかで残るものは半分以下でしたね。
それを「ロンパーチッチ」さんがやられているのは、非常にえらいと思います。最近の僕はそのへんがずるくなって、自分の周りにね、耳のいいヤツを集めるんですよ。そいつらになんか面白いのないの? っていってCDを持ってこさせて、そのなかからピックアップして買い上げるという、非常にずるいことをやっているんですけど(笑)。やっぱりね、そのほうが効率がいいんですよね。
司会 齊藤さんの場合は、レコード屋の店員に近い感覚になっているということですよね。
柳樂 そうですよね。レコード屋の店員は毎日店に行かないですよね。休みの日は行かないですから。ほんとに熱心なお客さんはレコード屋の店員よりもレコード屋にいると思うので。
後藤 やっぱりね、レコード店の人というのは信用できますよね。でも「信用できる」ということは微妙で、自分と趣味の合わない人もいますからね、そういうヤツもまたダメなんだけど。そこがむずかしいんだけど。
やっぱり、みなさんに言いたいのはね、とにかくジャズの友だちを持つことですよね。独りで籠って聴いてる人って、ほんとに視野が狭くてね、おいしいものをいっぱい逃してますよね。だからできれば、「なんだこんなの」というようなものもちょっと聴いてみるとものすごく視野が開くんですね。
つい最近の経験なんだけど、僕はね、もちろんジャズ以外のものもずいぶん聴くんだけど、基本的に黒いものが好きなんですよね。昔リズム&ブルースとか大好きだったんで。それで、いわゆる「白ロック」みたいなものがほんとに嫌いだったんだけど、そこにいる村井康司さんに無理矢理誘われて、わざわざ高いお金払って香港までジェームス・テイラー聴きに行ったんです。「えーっ、いやだな」と思いながらも、友だちの誘いなので、まあジェームス・テイラーがつまんなくても中華料理食えりゃいいかと思って行ったんですけどね、すごくよかったですね。
僕は「ディスク・チャート」というロック喫茶もやってましたから、ジェームス・テイラーの『ワン・マン・ドッグ』とかも新譜で聴いてるんですけど、なんかタルい音楽だなあと思っててね、「リズム&ブルースのほうが100倍いいのに」とか思ってて、店ではかかってたんですけど、すごい抵抗があったんです。
それが40年ぶりぐらいに実際にナマで観たらね、すっげえいいじゃんって変わったんですよね。そういう意味でいうと、「オレの趣味はこれなんだ」とかいって頑なになるのって、ほんと人生もったいないですよ。僕もいま69歳でもうすぐ70歳になるんですけど、69歳で初めて「ジェームス・テイラーかっこいい」と思いましたからね。そういうことは今後もいっぱいあると思うので。
柳樂 「DUG」で働いている人は若いじゃないですか。そういう人が持ってくるものとかあるんじゃないですか?
中平 もちろんいろいろありますけど、逆に古いものを欲している部分もありますね。なんだだろう、やっぱりいままで聴いたことのないもの、いま音楽というのは、それこそジャンルも幅も、すごい広いじゃないですか。今のものはそれこそ家でもパソコンでも聴けるけど、むかしのものに戻ってきているのかなという感じはありますね。
昔のものを、ああそうか、50年前からこんな曲があったんだということに興味を持っている方は多いですね。いまは大学生とかでもジャズ研とかね、けっこう部員がいますしね。やっぱりどんどん興味を持ってもらうことがいちばん大切だと思うので、その興味をそそるためにはどうするかということを考えなきゃいけないのかなというように感じます。
後藤 いま塁さん、たいへん素敵なことをおっしゃったと思うんだけど、昔と違っていまの若い人って、50年代や60年代の名盤もいまの新譜も、聴いたことのないという意味ではぜんぶ新しい音楽で、おなんじなんですよね。そのへんのところを、われわれ、音楽を提供する側は勘違いしちゃいけないと思うんですよね。「これは古い」「これは新しい」っていうけれど、聴くほうにとってはぜんぶ新しいわけですから。
司会 「DUG」は、新宿のど真ん中という、東京のみならず日本でいちばん厳しい商圏にあると思うんですが、ツィッターなどのネットに書かれた声を拾ってみると、「DUG」に行って満足をされたお客さんが多いようなんですね。中平さんは、どういう方針、ノウハウでお店をやってらっしゃるんでしょう。
中平 たとえば、紀伊國屋さんで本を買ってきてゆっくり読みたいなというときに、ウチはちょうどいい距離なんですよ。そういうときにあまりうるさいのをかけちゃうと、せっかく本を読もうとしてもぜんぜん頭に入ってこないじゃないですか。だから音楽をかけるにしても、ウチは昼間はまったりとした感じなんですね。
あと、その店主のキャラってやっぱり大事で、それってもう、お店としての基本条件じゃないですか。ジャズ喫茶云々じゃなしに、飲食店としてはそれがないとやっぱりいけないところかなと思います。あの店主がいるからこんなCDをかけてくれるとか、なんか楽しみがないと、リピーターはついてこないのかなと思いますね、そういう意味では、私が心がけているのは「気の効かせかた」ですかね。
司会 ベタな言い方になりますけど、人との繋がりという点では、中平穂積さんはとてもそれを大事にされて店をやってこられたように感じます。
中平 ジャズ喫茶に行くということは、そこに行くという目的意識があるわけじゃないですか。ジャズに興味があるから行くわけですよね。ジャズに興味がなければジャズ喫茶じゃなくても、カフェとかどこにでもいくらでもあるわけですから。そのなかでジャズ喫茶に足を向けてもらえるわけですから、じゃあ、どうやったらこの人を喜ばせてあげられるだろうかということは常に考えてますね。
司会 それはもう、お父様を見てそのように思われたことなんですか?
中平 そうですね、やっぱり、そうなってきますね。あとは、自分が行っていいな、いい店だなと思えるようにしないと。自分が行きたい店にしないといけないと思います。
司会 中平さん、ありがとうございました。では、時間もかなり押しておりますので、最後に後藤さんから、新譜でこれはおすすめというものをかけていただけますでしょうか。
後藤 では、柳樂さんのレーベルからリリースされた、イシス・ヒラルドの新譜を。
柳樂 ジャズ喫茶っぽくないんじゃ?
後藤 ジャズ喫茶っぽくない? まあいいんじゃないかな。イシス・ヒラルドの「パドレ」。(スタッフの)本間くん、あるよね? じゃあ、準備ができるまでの間にしゃべってますけど、あの、僕が店をやってきていちばんたいへんなのはね、毎日来るお客さんがいるんですよ、これがこわいんですよね。
そういう人たちを飽きさせちゃいけないわけだから、ずっと違う選曲をしないといけないわけでしょ。ウチはね、昼間のランチタイムとか、お客の半分ぐらいは知った顔なんですよね。毎日来る人もいるし、週に2、3回来る人がほとんどなんですよ。だから、一瞬たりとも選曲に気が抜けないわけね。いかにその人たちに飽きないで来続てもらうかということを常に考えていて、そういう意味でいうと、ジャズ喫茶というのは選曲が命だと思っていますね。
だから僕はDJの方たちに対する親近感がすごく強いんですよ。もちろん音源は違うし、あの方たちは1曲ずつやって、ほかにもいろいろテクニックを使われますけど、どのようにして選び、それをどういう順番でかけてお客さんを飽きさせないということを常に考えているわけですから。
僕はあんまり商売は上手だとは思ってないんだけど、なんとか50年間もってこられたのは、とにかく選曲だけは一生懸命やってたんですよ。まあ、客に対する愛想は非常によくないんですけど(場内笑)。ひんしゅくをかったり、お客とモメたりはしょっちゅうなんですけど(笑)。本間くん、あった? じゃあ、「イシス・ヒラルド・ポエトリー・プロジェクト/パドレ」の1曲目をお願いします。
司会 まさかジャズ喫茶でイシス・ヒラルドが聴けるとは。素晴らしかったですね。それでは、予定の時間をもう30分ほど越えてしまっていますので、今回のシンポジウムはこれで終了とさせていただきます。長い時間、ありがとうございました。
(了)
[photo: jazz city / Text :Katsumasa Kusunose]
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