シンポジウム ジャズ喫茶の逆襲

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ジャズが明らかに活況化している時代の波に乗れるのか

司会 第2部は「いまのジャズ喫茶」「これからのジャズ喫茶」、そういうテーマで第1部とは違ってトークセッションを各パネリストにお願いしたいと思います。それでまず、最初は後藤さんから話の振り出しをお願いしたいと思います。

後藤さんは、さきほど最初にお話しましたように1967年から50年間、ジャズ喫茶を経営されておられるわけですが、その間、モダンジャズ全盛期が終わりかけた頃から、フュージョンブーム、その後のジャズ界が反動的だった時期など、お客さんのニーズもころころと時代によって変わるという経験をされてきました。

なかには、吉祥寺「ファンキー」の野口オーナーが率いる麦グループに代表されるように、多角化経営をやって乗り越えてきた会社もあるんですが、ジャズ喫茶一筋で、都心の一等地でコーヒーを中心に昼間から営業をして50年間やってこられたというのはすごいことだと思うんです。その後藤さんからみて、いまのジャズ喫茶の置かれている状況はどうなのか、といったことをおうかがいしたいと思います。

後藤 僕はいまはジャズ喫茶にとってチャンスだと思いますね。というのは、いま柳樂さんがおいでになりますけど、(彼が監修する)『JTNC4』が最近出て、昨日届いたばかりなので、まだすべては読んでないんですけど、非常に面白い。いまジャズシーンが活性化していることが誌面からひしひしと伝わってきますね。

柳樂光隆(監修)/Jazz The New Chapter 4 /シンコーミュージック・エンタテイメント/2017年3月発行
柳樂光隆(監修)/Jazz The New Chapter 4 /シンコーミュージック・エンタテイメント/2017年3月に発行された同ムックシリーズの最新版

そもそもこうしたジャズのムックが4冊も出ること自体が、明らかにジャズブームですね。それから私事ですけど、僕は3年前から小学館の隔週刊CD付きマガジンをやってますけど、毎年26巻ずつ出していて、(現在刊行中の『ジャズ・ヴォーカル・コレクション』は)好評につき半年延長になっちゃったんだけど、(この 3年間の)累積で200万部を超えるほど出ちゃってるんですね。

後藤雅洋(監修)/JAZZ VOVAL COLLECTION 第26巻現代のジャズ・ヴォーカル(4月18日発売)/小学館
後藤雅洋(監修)/JAZZ VOVAL COLLECTION 第26巻現代のジャズ・ヴォーカル(4月18日発売)/小学館

司会 すごいですね!

後藤 正直いってとんでもない数字で、これはそれまでのジャズ本の常識を超えているんですね。これは小学館の企画がすごくよかった。もともとジャズの潜在的需要というのは、ものすごくあるんですよ。ただ、これまではその需要と供給がうまくマッチしていなかった。

それから、「ブルーノート東京」にしろ、「コットンクラブ」や「ビルボード東京」にしろ、いまライブに行くと、いままでのジャズファンとは違う、若いファンがいっぱいきていて、ものすごく熱心なんですね。

あきらかにジャズは活況期に入ってます。僕は1967年から何回もずっと(いろんな波を)経験してきたからわかります。バブリーな時代もありましたけど、そういう時代に匹敵するような活況期に今はきていると思います。

僕は「いーぐる」でずっと新譜を聴いていますけど、ここ数年、いままでのジャズとはぜんぜん違う、新しいテイストのものが出てきていて、それをジャズと呼んでいいのかわからないけれども、やっぱりジャズマンじゃなきゃ演奏できないような、そういう新譜がいっぱいありますし、実際にライブで観ると、昔のジャズと比較するのがナンセンスなほど斬新な演奏がいっぱいあって、非常に魅力的なんですね。

ただ、そういうジャズのブームのようなものに、ジャズ喫茶がうまく乗れてるかというと、ちょっと微妙なところがあって、私の店も含めて、まだそれがうまくいってるとは言えないかもしれませんね。

率直に言って、こういうことをいうと怒られるかもしれないけど、ジャズファンってけっこう保守的で、やっぱり50年代、60年代のハードバップが好きで、私も好きですけど、そういうものに対する需要が非常に高いので、それを急に切っちゃうわけにもいかないし、やっぱり新しいジャズというのは聴き慣れないと抵抗があるし、聴きどころをつかむまでは、「うるさい」とか「フュージョンだ」とか「ジャズじゃない」といった声が高いので、非常にむずかしいわけですよね。

いかに従来からの頑迷固陋というか保守的なジャズファンといまの新しいニューウエイブというのかな、シーンを結びつけていくか。そのへんのことを、僕は自分ではできないんで、柳樂さんにずいぶん前に、ぜひやってくれということをお願いしたんです。

いま出ている『JTCN4』では、柳樂さんは、今と過去のジャズの接点について、非常に説得力のある記事を書かれています。たとえばピアノについてなんですけど、過去のアート・テイタムやレニー・トリスターノといった巨人たちとロバート・グラスパーやブラッド・メルドー、フレッド・ハーシュという人たちの実は深い繋がりを実証的に説明しているんですね。

僕は、それを読んで、まったくそのとおりだと思いました。僕が望んでいたのはこういう現代の注目されているミュージシャンと過去のミュージシャンとをどう繋げるかという視点だったんですけど、それを見事に柳樂さんにやっていただいた。これはほんとうに嬉しいことです。

僕がすごいと思うのは、たんなる憶測ではなくて、実際にロバート・グラスパーにたいして柳樂さんはインタビューをなさっていて、ちゃんとそこでもって本人がトリスターノやアート・テイタムの影響について語っているわけですね。だからこれはウラが取れているわけです、完全に。非常にすぐれたジャズ記事だと思います。

これはひとつの例なんですけど、いまジャズが活況期にあって、そのジャズがいまは明らかにこれまでとは違うディメンションに入っている。しかし動きをですね、「ジャッキー・マクリーン、いいよね」という人たちとどう繋げるか、ということがこれからのジャズ喫茶の課題ではないかと思っております。

司会 「いーぐる」ではいま新譜をかける割合というのはどんな感じでしょうか。時間帯によって分けているとかですか?

後藤 ウチは選曲は100パーセント、プログラムされているんですよね。ウチは有線の番組を制作しいてるんですけど、その番組用に作ったプログラムが全部で700パターンぐらいありまして、それを店では繰り返し流しているんです。同じ選曲になるのは4カ月に1回ぐらいしかないんですけど。

それで、いままではせいぜい70年代、80年代ぐらいまでが中心だったんですけど、有線の番組担当者と去年の4月ごろに交渉して、月に4本作っている2時間番組のうちの1本を新譜……新譜といっても2000年以降という括りで、選曲させてもらえるようになりました。ですからいま全体では1割ぐらい新譜がかかっています。

司会 お客さんの反応はどうですか?

後藤 いやあ、ちょっと難しいですよね、様子を見ながらかけてるという感じ。やっぱり新しいのをかけると帰っちゃう人もいますよね。難しいところですよね。

司会 柳樂さんはどうですか、ジャズ喫茶といまのジャズの接点ということについては。

柳樂 僕がいまいちばん行くジャズ喫茶は「ロンパーチッチ」なんですけど、基本的に休憩をしにいくか、仕事の資料を読むためにとか、ちょっとコーヒーを飲みに行くとか、そういう感じでフラっと行くんですよ。音楽を聴きに行くという感じじゃなくて。ただ、そこで1曲ぐらい発見があるといいなというぐらいの気持ちで行くんです。 で、それに応えてくれるのが「ロンパーチッチ」で、だから行くという感じなので。

僕はじつはジャズ喫茶には新しいものはあまり求めてなくて、むしろ、そもそも(SpotifyやApple Musicが配信している)サブスクリプションで家でなんでも聴けちゃうじゃないですか。新しいものこそ(家に)あるじゃないですか。でもたとえば、ちょっとモンティ・アレキサンダーのライブ盤でも聴くかなあというのは、自分の家で聴く可能性は少ないでしょう、自分の選択として。ジャズ喫茶にたいしては、そういうものを偶然かけてくれる場所としてわりと望んでいて、ジャズ喫茶に行くのは、発見があるんですよ、やっぱり。

たとえば最近だと、『JTNC4』を作るときにフレッド・ハーシュのことをすごい調べてて、そのときに彼がチェット・ベイカーが好きだって話をよくしていて、80年代のチェット・ベイカーのアルバムをよく聴いたと。それで、「ロンパーチッチ」で仕事をしていたら、チェット・ベイカーがかかっていて、ダグ・レイニーとニールス・ペデルセンのトリオで、それを聴いたときに、ベイカーのフレーズとダグ・レイニーのギターないしペデルセンのベースを、フレッド・ハーシュの左手と右手に振り分けて、あともう1個 、たとえばギタリストかベーシストがいるデュオだと思って聴けば、フレッドが言っていた意味がわかるかなとか。

僕はわりとそういう古いものと出会うためにジャズ喫茶に行ってるみたいなところがあるので、じつはジャズ喫茶は古いものをかけてほしい派なのかもしれません。

司会 「ロンパーチッチ」でかかっているのは、古いものでもいわゆる名盤とか隠れ名盤的なものともちょっと違うんじゃないですか? サブスクリプションで聴けるものからはちょっとこぼれているようなものというか。

柳樂 そうですね。あの、僕が「いーぐる」に来るのは、なんとなくね、選曲というよりは、後藤さんのパーソナリティを求めてきている感じだと思うんですよ。「ロンパーチッチ」もまさにそうで、齊藤さん夫妻がなんとなく買った盤がかかってるわけじゃないですか。べつに店で向いてそうなものをわざわざ買っているわけじゃないでしょう、たぶん。そんな器用なことのできる人間じゃないじゃないですか(笑)。だから、ぜったいに、「安かった」とか「持ってる盤の底が抜けてたけど抜けてないのを売ってた」とか、しょうもない理由だと思うんでよ(笑)。でも、僕はたぶん齊藤さんの選曲を信頼しているので、やっぱその人が選ぶものだから、そのなかに何かたまたま発見があるはずだという、そういう感じで僕は「ロンパーチッチ」に行ってるんですよね。

司会 「ロンパーチッチ」でかかるものって、いわゆるB級盤とかマイナー盤ではないんですよね。独特のこぼれ具合というか、微妙な線のものをかけてくる。そのあたり、渋谷の「JBS」の影響もあるのかもしれませんけど。ちょっと齊藤さんにお店の選盤についてお話をいただければと思うんですが。

齊藤 まず、私たちのお店はものすごくレコードを買います。たぶん月に30枚、1日1枚ぐらいのペースで買います。お店をやっていくうえで新譜も含めて、まともな値段のものを買っていたらお店を維持できませんので、かなりしょうもない、こぼれた値段のものを買い、あるいはディスクユニオンさんがメールで送ってくる「今日は半額です」とか、そういったものを見て飛んでって買うという、かなりあさましい、ハイエナ的な買い方をしています。

そして買ってきたら、これ、こんな話していいのかな、買ってきたものはとりあえず目をつぶって店でかけちゃいます。それで、ダメだったらもう次はない。だから30枚毎月入ってきては、20枚ぐらい毎月出ていきます。そんな感じで自転車操業をしていて、だから、とりあえずこの店にきてみると、なんか前回とは違う、ルーティンとは違うものがかかっています。

毎週、毎日のようにいらっしゃるお客さまの場合だと、とりあえず新しいものをどんどんかけます。えー、そういう日にたまたまいらしたほかのお客さまは、その(常連の)お客さまが横にいらっしゃるばかりに、玉石混淆のものをひたすら聴かされるはめになるんですけど(場内笑)、たまたまいつも来ているお客さまがいないなというときには、過去2、3カ月間のなかで残ったタマをがんばってかけます。

お客さまによっては、あ、ちょっといいものがかかってるじゃない、知らないものがかかってる、面白いね、オレもこんどこれ買おうというふうに思っていただけるといいかなあというところですね。そんなわけでメチャメチャたくさん買っているので、違うものがかかっているのは当然なんですけど、こういう回し方をほかの店におすすめできるかというと、アホらしいのであまりおすすめできません(笑)。

司会 そのふるいの基準というのはなんですか?

齊藤 レコードを買った店には申し訳ないんですけど、とにかく試聴させてもらいます。聴いて3秒ぐらいで決めます。ウチの店じゃないという感じになるものは、2、3秒で「これは買っちゃだめだな」と判断できます。そのときだけかもしれません、私が音楽的な意味で働いているのは。あとはいわゆる喫茶店の肉体労働者なので。

司会 キュレーターみたいなものですよね。

齊藤 そんなかっこいいことなのかどうかはわかりません。

柳樂 ただね、レコード屋にそれだけの頻度で通っているということは、ようは毎日レコード屋にいるということでしょう?

齊藤 恥ずかしながら毎日います。

柳樂 それって、すごい情報量を得ているわけですよ。僕は10年ぐらいレコード屋で働いてたので、すごいよくわかるんですけど、あの、自分のことをこういうのもなんですけど、僕と同世代で、僕より詳しい人ってほとんどいないって思うんですよ、評論家で。たぶんそれは僕がレコード屋にいたので、(音を)浴びてる枚数と情報量が違うと思うんです。

仕事中も休憩中も新譜のプレスリリースを読んだりするわけですよ。お客さんがレジに持ってくるときも見るわけで、店頭でもかかってるし、試聴でもかけるし。だからレコード屋にいるということは、すごい情報量を浴びるんですよ。レコード屋に毎日いるということは、何がこぼれているかがわかるということですし、いま何が安いのか、高いのかが判断がつくということですよね。

齊藤 「ほかだと6,800円がここだと2,000円だ」ということであれば、それを判断する目はありますが、「ここだと3万円、ほかだと1万2,000円」ということになると、もう私の目からは値段が高すぎるのでわかりません(笑)。

柳樂 レコード屋の値段って、基本的にトレンドと需要なので、値段のことがわかっているというのは、過去の古いジャズの、いまの時代の店舗における価値みたいなものがすごく自分のなかに入っているということなんですよ。アーカイブされているということ。そういう人って、新譜を聴いているかどうかとはまた別の意味で、すごくいまの時代をとらえてるはずなんです。だからたぶん僕は「ロンパーチッチ」に行くんだと思う。

齊藤 本人はそれが評価に値するかどうかは、わからないです。

司会 「ロンパーチッチ」は、店の造りそのものは誰でも作れそうなんですよね(笑)。カタチだけならそれほど特別なものがあるわけではないでしょう。ただ、あの店をそのまま真似ることは、絶対誰にもできないんですよね

柳樂 うん。

司会 誰にも真似ができないというのは、齊藤さんのアニマル的な感性というか(笑)、ある種の審美眼というものが大きいのかなと思います。

柳樂 だからレコードにおけるトレンドを誰よりもわかっている1人なんじゃないですか。

ジャズ喫茶シンポジウム/柳樂光隆-齋藤外志雄

司会 トレンドをわかっているということでいえば、さきほど柳樂さんが、「僕は同じ世代の評論家の誰よりも詳しいかも」って言ってましたけど、それは本当だと思いますよ。以前、柳樂さんがディスクユニオンに勤めていたとき、ツィッターで「渋谷グルーヴ館」のアカウントを担当していましたよね。あの頃、柳樂さんは毎朝新譜情報を5枚とか10枚とか、140字で紹介していたんですけど、その情報量がものすごいんですよ。1枚のアルバム紹介のために、そのミュージシャンが誰から影響を受けて誰に近い音楽をやろうとしているのかといったことなど、ものすごい情報量をぶちこんでいました。ほとんど誰もRTしないし、「いいね」がつかなかったですけど(笑)。ツィッターであのころの柳樂さん以上のことができているレコード屋の新譜情報はいまだに見たことがないですね。

柳樂 レコード屋にはいまだに情報量があって、たぶん僕はレコード屋を離れてからは、力は落ちていると思います。そのぐらいレコード屋というのは面白い場所で、魅力があるんじゃないかと思いますけど。

司会 新しいことへの情報収集に関しては、後藤さんはどんな感じでしょうか?

後藤 僕なんかはジジイですから、最初はものすごく抵抗があったんですけど、そういうことじゃいかんと思って、柳樂さんとか、いま「いーぐる」のスタッフで『JTNC』にも原稿を書いてる本間翔悟くんとか、そういう人たちから積極的に情報を仕入れて、なるべくライブにも行くようにして、一生懸命勉強したりはしているんですけど。

僕もプロなんで、50年間ずっと新譜を聴いてますよ。でもある時期、90年代半ば頃から2000年代半ばごろまで、ほんとつまんない新譜ばっかり出てきたんです。こっちも商売だから買うんだけど、ほとんどが役に立たないというのかなあ、なんだこりゃというもので、非常にがっかりしてたんですけど、ここ数年。

柳樂 店でかけるうえで役に立たないということですか?

後藤 いや、音楽的に面白くもなんともない。僕らの世代は、これはよくないことなんだけど、昔聴いてた蓄積があるので、どうしてもそれと比較してしまう。「こんなものは聴いたことがある」とか「おんなじようなテイストだったらあきらかに昔のほうがクオリティが高い」というものが多かったんですね。技術的には90年代以降巧いミュージシャンが増えたんですが、いまひとつオリジナリティが感じられなかったんです。それがここ数年、技術がすぐれているのはあたりまえ。かつ過去のジャズの文脈を踏まえたうえでオリジナリティを備えた斬新なミュージシャン、グループが増えたんですね。

職業的な役割だけじゃなくて、けっこう本気でこれは新しいミュージシャンとか新譜を聴いてみようと思うようになりました。実際にライブに行ってみると面白いですしね。ほんとうにいいライブがいっぱいあります。

僕はジャズ喫茶をやってるから、こういうことを言うと自分の首を絞めることになるかもしれないけど、やっぱりライブに行かないと話にならないと思うんですよね。ジャズのほんとうのグルーヴのようなもの、具体的にいうと、ホーン奏者の演奏などはCDでも割合伝わるけど、ベーシストとドラマーのグルーヴ感というのは現場で見ないとよくわからないんですよね。それはもう、ライブに行けば一発でわかっちゃうんで。そういう意味ではジャズ喫茶もいいんですけど、ライブにも行かないとね。

店で営業的にどう展開していくのかということにかんしては、手探り状態なんですけど、現実の新しいジャズに対しては、ライブにせよ新譜にせよ、僕は手探りでもなんでもなくて、非常に積極的に面白いと思って聴いています。

(次のページへつづく)

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