「ろ過されたジャズ喫茶」を体験してきたのがわれわれの世代
中村 東横線の祐天寺で去年の11月に「Kissa Bossa Umineko (キッサ・ボッサ・ウミネコ) 」という店をはじめました中村と申します。
ウチの店はジャズ喫茶とはちょっと違いまして、ジャズやボサノバをちょっと大きめのBGMで流しているカフェという業態ですので、自分の店をジャズ喫茶と名乗ったことはないですし、逆に名乗ってはいけないのかなと思いながら店をやっています。
ですから、今日こういった場にお呼びいただいて非常に恐縮して緊張している次第です。
それでは選曲にいきます。キース・ジャレットのアルバム『マイ・ソング』から「カントリー」。
これは私が中3か高1のときに、その当時はロックばかり聴いていたんですけど、映画が好きで『マーサの幸せレシピ』というドイツ映画をみて、すごく耳に残って、ネットで調べてみたらキース・ジャレットという人でした。
まだジャズがどんな音楽かもよくわかっていないころで、こんなきれいな音楽があるのかと。ジャズに目覚めるにはまだ時間がかかるんですけど、いちばん最初にジャズに触れたのがこれです。
うちの妻にも、葬式のときにはこれをかけてくれと言っています。ではお願いします。
鈴木 こんにちは。渋谷の神山町にある、さえないマンションの4階の一室で「渋谷SWING」という店をやっております鈴木と申します。よろしくお願いします。
神山町というのは、渋谷の高級住宅地として知られる松濤と宇田川町にはさまれたようなエリアでして、最近そのあたり一帯を、なんかダサい、〝奥渋(オクシブ)〟とかいって、〝裏原(裏原宿)〟にあやかった感じで盛り上げようとしているんですけど、盛り上がってはいません(場内笑)。
しかも住居用マンションの4階の一室でやっておりますので、とても来づらい、入りづらい場所になっております。今年の9月でオープン2年めになります。いちおうジャズ喫茶といってます。
今日聴いていただくのはみなさんご存知だと思いますが、『ミントンハウスのチャーリー・クリスチャン』に収録されている「スイング・トゥ・バップ」。(原曲は)「トプシー」なんですけど。
これはジャズを聴くきっかけではないんですけど、僕は9つのときにカウント・ベイシーの演奏を聴いてジャズが好きになって、それ以来ロックとか若者の聴く音楽には触れずにジャズばっかり聴いてここに至るという感じなんです。
小学生だとバカだしヒマなんで、けっこう本を読みまして、油井(正一)先生とか粟村(政昭)先生の本だとか。
それでひととおりオリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンドやキング・オリヴァーからオーネット・コールマンあたりまでは聴いたんですけど、出版された本が古いんで、その後のことは書いてないんです(場内笑)。そこで終わってます。「ビッチェズ・ブリューは問題作だ」みたいなところで終わってます。
好み的にもベイシーから入ったものですから、スイングジャズが中心で聴いております。看板にも「ジャズとムードミュージック」と表記してありまして、ジャズの周辺の1950年代までのムードミュージックなんかもかけますので、うちの店に来られたときに運の悪いときはそういうものがかかってます。
チャーリー・クリスチャンのこれは、たぶん中学にあがったころに、本に出ているレコードということで国内盤を買って、素直にかっこいいなと思ったんですけど、ひんぱんにいままで聴きつづけています。
チャーリー・クリスチャンというギタリストのすごさが身に沁みてわかってまいりまして、自分の中でのジャズにもいろんなイメージがありますけど、〝これがジャズだ〟と僕が思う演奏のひとつです。LPとしては初版になる、エソテリックの10インチ盤でお聴きください。
福地 鈴木さんに質問なんですが、これからのジャズ喫茶について考えていくうえで、ジャズ喫茶ってモダン・ジャズ主体だと思うんですけど、ジャンプミュージックやジャイヴ、ムードミュージックをかけるのはすごく新鮮なんです。そのあたりでなにかご意見をいただければ。
鈴木 とくにないです。僕もモダン・ジャズも好きなんですよ、いちおう。うちに来られるお客さんもモダンが好きな人は9割です。
福地 若い人でもジャイヴとかリクエストするお客さんもいますよね?
鈴木 それはあのー、私のバンド仲間のチンピラたち。ふつうのお客さんはいないですね。
福地 予兆を感じたりすることはないですかね。これから増えそうだとか。
鈴木 まあ、ミュージシャンでバーをやっている友だちとかいるんですけど、むしろロックとかロカビリーの流れからジャイブ、ジャンプ、さらにスイングとかジャズをかける店というのはあるんですけども、ジャズの方面からそっちへ枝葉を伸ばすというのはあんまりないし、今後もないと思います。
ジャズ=モダン・ジャズというお客さまがほとんどのなかで、たまにニューオーリンズ・ジャズがお好きというかたもいらっしゃいますが、たいていはやっぱりジョージ・ルイスなんです。ディキシーというよりはプリミティブなニューオーリンズ・ジャズがお好きというかたはけっこういらっしゃいます。そういう方か、モダン・ジャズで、その間のスイング・ジャズとかビッグバンドがお好きという方はほんとうに少なくて。
自分はそこがジャズを聴き始めた発端であり、いまだに好きなのでして、そういうものをかける店があまりないなあ、じゃあ僕がやろうかなと思って店をはじめたんです。
ジャイブやジャンプもスイングもほとんど境界線がないので、店では合わせてそういうものをかけたり、自分でも演奏したりといった感じですね。
福地 ありがとうございます。ではこれから本題に入ります。まず私が作成したマトリックスから説明させていただきます。
ジャズ喫茶の隆盛時と現在、備考と分けていますけど、人によって隆盛時が60年代までという人もいれば、そうでもないという人もいると思いますけど、ただいえるのが、隆盛時が偉いようにみえますけど、そうではないということです。
ジャズ喫茶って、昔はお金になるビジネスだったと思うんです。ジャズに興味はなくてもお金になるからやってみようというオーナーも少なくなかったようです。
それが、レコードが家でも手軽に聴けるようになり、フュージョンブームやバブル崩壊などのいろんな要素でジャズ喫茶から客が離れるようになって、僕のイメージだと1990年代ぐらいから、ジャズ喫茶は現在のようになったと感じています。
隆盛時のころと比べると弱々しくみえるかもしれませんが、いろいろなことを経て、ほんとうにジャズが好きだから生き残ったわれわれの先輩格の店、ジャズ喫茶の残存勢力が陣形をつくりなおして、いまもジャズ喫茶をやっていて、われわれはそこに通っているというのが現状だと考えています。
鈴木さんは宇田川町にあった「スイング」、中村さんは横浜の「ダウンビート」、私は「音楽館」や「いーぐる」、斎藤さんは渋谷の「JBS」といった、淘汰されて生き残った、ある意味「ろ過された」ジャズ喫茶を体験した人が、いま店をやってみようとしている、そういう図式だと思うんです。
また、私は最初はカフェとかバカにしてたんですけど、古民家カフェとか、珈琲の味もすごい最強な感じになっていて、いまカフェが強度を持ち始めています。
ジャズ喫茶もカフェブームというもののなかに編入されつつあるという側面もあると思います。そういう状況の中でこれからわれわれはジャズ喫茶をどういうふうに展開していくかということを考えていく必要があると思います。
これからのジャズ喫茶を考えていくうえでベースになるものとして、ジャズ喫茶って本来どういうものなのか、その事例としてつぎの1曲を紹介したいと思います。
ギル・エヴァンスのアルバム『プリースティス』からタイトル曲「プリースティス」です。
最初にデヴィッド・サンボーンがソロをとり、つぎがルー・ソロフです。ソロフは職人的なトランぺッターなのでリーダーがちゃんとしてないとあまりちゃんとした仕事はしない人なんですけど、ここでは奇跡的にサンボーンより圧倒的にいいんです。
ようはギルの気合が入ってるということになります。今回はそのソロフのソロが終わるあたりまでをお聴かせします。
福地 昔のジャズ喫茶は、ラジオ局のように、選曲したものを朝からシームレスにかけ続けるというかたちだったんですけど、放送局的認識のうえで、演奏者の意識をトランスデュースする、演奏者の考えていることをきちっとリスナーに伝える、ジャズ喫茶とは本来そういうものだと思っています。
ジャズ喫茶のスピーカーの大半はJBLという、PAでは世界ナンバーワンのモニター系のスピーカーが使われていますけど、ジャズ喫茶のスピーカーがモニター系というのは、演奏者の意図するものを忠実に伝えようという目的があったからだと思います。
この「いーぐる」のスピーカーもJBLなんですけど、こういうことがやれること事態が奇跡的で、「いーぐる」はすごいということなんですけど、一般的にはできづらいと思います。
これからのわれわれのあるべき姿というのはそういう店じゃないと思います。だけど本来あるべき姿は認識しておこうというのが私の考えでございます。
(次ページへ続く)
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